筆者
⾏政システム総研 顧問
榎並 利博(えなみ としひろ)
「日本のバカげたデジタル化を憤る高齢者の会」[1]が先月2月21日(金)に第1回フォーラムを開催した。誤解無きよう最初に断っておくが、高齢者がデジタル化に反対しているわけではない。むしろその逆であり、なぜもっとマイナンバーや個人情報を積極的に使わないのかと憤っている。
この会はもともと所属組織の利害を離れ、我が国のあるべきデジタル化について自由闊達に議論しようという主旨で始まった。当時は憤るどころかデジタル化推進に燃え、メンバーも高齢者ではなかった。「5年以内に世界最先端のIT国家を目指す」という目標を掲げた政府のe-Japan戦略(2001年1月)を熱烈に支持したのだ。
しかし、デジタル化基盤である住基ネット(住民票コードによる番号制度)は違憲訴訟で機能せず、年金の納付記録問題が起きるまで番号制度の議論は封印された。そして、満を持して登場したのがマイナンバー制度だ。2011年に政府が発表した「社会保障・税番号大綱」ではマイナンバーという番号を活用した理想的な社会像が描かれ、今度こそデジタルで理想が実現すると皆期待した。
ところが、「番号を見たら目が潰れる」という呪いでもかかったのだろうか、マイナンバーは見ることも恐れられ、その利用は忌避された。さらに、住基ネット最高裁判例の拡大解釈から「一元管理は憲法違反だ」という亡霊が跋扈することになり、個人情報を利活用するシステムは複雑怪奇で不便なものとなってしまった。
医療保険ではマイナンバーを使えるのに、医療現場ではマイナンバーを使えない。仕方なく電子証明書を使っているが、これはマイナンバーと相性が悪いため様々な問題が発生した。そもそもマイナンバーは住民票コードから自動生成されており、住基ネット設計時住民票コードと電子証明書はリンクさせないという取り決めがあったためだ。それを無理やりつなげようというのだから無理もない。
そして、住民は自由にあちこち移動するのに住民情報が一元管理されていない。だから、非課税世帯の把握、新型コロナワクチン接種履歴、災害避難者の居所の把握などで自治体は苦労する。さらに、個人情報保護を名目に災害時に安否不明者の氏名が公表されず、捜索者の生命が危険に晒されたこともある。個人情報保護法違反の訴訟リスクを恐れて保身に走り、人命をないがしろにしたのだ。人の生命をないがしろにする法律のあり方自体が問題だろう。
我が国のデジタル化はまるで不合理・非効率の暗黒時代へ回帰しているようだ。高齢者たちは嘆きを通り越し、この現実に憤りすら感じている。時代遅れの「監視国家論」に囚われ、いつまで経っても誰もが安心して暮らせる「福祉国家」に辿り着けない。
政府は必要な国民の個人情報をきちんと収集・活用する義務を負うべきだ。そして、政府が個人情報をどのように収集・利用しているのかを国民自らチェックし、違法・不当な収集、使用に対して監視・告発できる制度を整備すべきだ。
呪いと亡霊が支配する暗黒時代から、明るい「デジタル民主主義」の時代へと速やかに移行していかなくてはならない。その道のりはまだ遠いのだろうか。