筆者
⾏政システム総研 顧問
榎並 利博(えなみ としひろ)
先日94歳になる独り暮らしの母親が倒れ、病院に救急搬送された。幸い発見が早かったため命に別状はなかったが、この1か月くらいで急激に認知症の症状も出ており、今後の独り暮らしは難しい。現在は急性期病院からリハビリ病院へと転院し、その先は施設を探さなければならない。
実家や病院・役所に行くには片道2~3時間はかかる。病院の入院・転院や介護関係の手続きなどで忙殺され、そのたび後期高齢者医療被保険者証、後期高齢医療限度額適用・標準負担額減額認定証、介護保険被保険者証、介護保険負担割合証を持ち歩かなくてはならない。これらもゆくゆくはマイナンバーカード1枚に統合してほしいところだ。
と思っていたら、実家でマイナンバーカードの交付通知書を見つけた。母親が自分でマイナンバーカード申請したものの、受領していないようだ。考えてみれば、100m先のスーパーにカートを押しながら行くのがやっとであり、バスを乗り継いで役所まで行くのは無理な話だ。しかし、高齢者とはいえ、紙の保険証がいつまで保証されるのかはわからない。
そこでマイナンバーカードを代理で受領しようと市役所に連絡した。任意代理人の場合は、代理権を証する書類(委任状)や暗証番号を記載した書類(目隠しシールを添付もしくは封筒に封緘)などを本人の自宅に郵送する決まりらしい。母親が入院中で今後も自宅に戻れる可能性が無くても、長男である私には送ってくれない[1]という。しかし、一向に手続き書類は手元に届かない。
後期高齢などの手続きが諸々あったため、市役所に行ったついでにマイナンバーカードの交付窓口で確認した。書類が届かないと言ったら、それもそのはず「転送不可」で郵送しているという。こちらは当然ながら郵便受けが溢れないよう、郵便局に転送届[2]を出している。つまり、私の手元には「絶対に」届かない。さらに、直接私に渡すこともできないという。これで役所の担当者も手詰まり、万事休すとなったようだ。
そこで担当者は「対面で本人確認できれば・・・」と思案したようだが、本人は入院中で今後の外出目途も立っていない。たまたまその日は私も午後から病院へ行き面会する予定だったので、それでは一緒に行きますかと水を向けたところ、先方は一瞬考えた末に「行きます」ということになった。同市内とはいえ車で30分もかかる遠い病院まで来てくれ、めでたく対面による本人確認でカードを交付、暗証番号の設定も病院近くの支所で対応してくれた。
ただし、困った問題[3]が残っている。電子証明書の有効期限が迫ると郵送で通知することになっているが、本人の住所宛に「転送不可」でしか送れないという。つまり、私のところには通知が来ない。「有効期限切れの前にそちらから電話してください」とのことだが、自分の電子証明書の有効期限さえ覚えていないのに、親の電子証明書の有効期限など覚えているわけがない。
結局、気づかないうちに電子証明書が失効し、保険証としての機能が使えなくなってしまう。また、一般国民も電子証明書の有効期限の通知が来たとして、更新しないと保険証機能が使えないことを理解しているだろうか。多くの一般国民は意味が分からず、放置してしまうケースが出てくるのではないだろうか。マイナンバーを使わず、電子証明書を使っているからこのような不都合が起きる。これも「マイナンバーの呪い」のせいだ。
今回の件では市役所の担当者がこちらの事情を配慮し、いろいろと考えながら対処してくれて大変感謝している。しかし、担当者は法的に正しい手続きだったのかと不安そうにしていた。もちろん、原因は高齢化社会の現場を知らない国のひどい制度設計にある。だが、担当者が無慈悲なとばっちりを食わぬよう、ここでは固有名詞を差し控えておくことにしよう。
[1] ちなみに、後期高齢者医療、介護保険、税務などでは届出を出したことで私宛に送付してくれるという。
[2] 郵便局では事情を話して手続きをしたが、先方はあくまで転送ではなく「転居届」だと譲らなかった。別に転居するわけではないのだが。
[3] そのほかにも問題がある。代理人の場合は「A区分(顔写真付)の本人確認書類を2点用意しなければならない」という。つまり、マイナンバーカード1点だけではダメだというのだ。マイナンバーカードは国が正式に交付したオールマイティの身分証明書ではないのか? 結局、障害者や外国人でなければ、マイナンバーカード以外に運転免許証(あるいは運転経歴証明書)またはパスポートが必須となる。今回は運転免許証を携帯していたので凌げたが、免許証を返納あるいはマイナンバーカードに統合されたらどうなるのか、パスポートを取得しなければならないのか、国がここまでちゃんと考えているとは思えない。