筆者
⾏政システム総研 顧問
榎並 利博(えなみ としひろ)
マイナンバーカードでマイナポータルにアクセスすると、「わたしの情報」という項目がある。ここでは行政機関が保有している自分に関する情報を確認することができる。情報の項目は最近だいぶ増え、健康・医療、税・所得・口座情報、年金関係、子ども・子育て、世帯・戸籍情報、福祉・介護、雇用保険・労災と多岐にわたっている。ふだんマイナポータルの「わたしの情報」を見ていない人も、公金受取口座と健康保険証の登録状況の確認で使ったことがあるだろう。
この「わたしの情報」では、行政が保有する自分の情報をすべて確認できるわけではない。マイナンバー制度の対象事務において、行政機関どうしがやり取りできる情報のみが照会できる。つまり、ある行政機関が自ら保有していない個人情報を他の行政機関へ照会する場合、この「わたしの情報」をネットワーク経由で入手(これを「情報連携」という)している。この仕組みが機能しているから、行政手続きにおける書類の添付が省けるようになった。
システム的な解説をすると、各行政機関が保有している情報のうち他機関へ提供する個人情報を中間サーバに格納し、情報照会する行政機関では情報提供ネットワークシステムを経由して、この中間サーバから個人情報を入手する[1]という仕組みになっている。マイナポータルの「わたしの情報」とは、この中間サーバの内容を本人が照会できるという仕組みだ。
さきほど、添付書類を省略しても行政手続きが可能になったと述べたが、この行政手続きはマイナンバー制度の対象事務であることが前提だ。つまり、マイナンバー制度対象外の事務においては、行政機関は情報提供ネットワークシステムを使うことができず、市民は従来通り所得証明等の書類を入手して添付しなければならない。
しかし、ちょっと考えてみよう。行政機関は情報提供ネットワークシステムを使うことができないとしても、市民はマイナポータルにアクセスできる。市民が、例えばスマホでマイナポータルにアクセスし、地方税情報を照会して窓口で提示すれば、行政機関が情報提供ネットワークシステムを使って地方税情報を照会したことと同じになる。
つまり、市民がマイナンバーカードを持参してマイナポータルにアクセスすれば、マイナンバー制度の対象事務でなくても、マイナンバー制度の対象事務と同様に添付書類は省略可能だ。市民はわざわざ添付書類を入手するために、手間とコストをかける必要はなくなる。
さらに、この応用範囲を民間事業者まで広げれば、行政機関も事務が楽になるだろう。先日、ある民間事業者の手続きで課税証明書の添付を求められた。しかし、説明を良く読むと、給与所得者の場合は源泉徴収票のコピーでも良いという。要は、ちゃんと所得があるかどうかを確認したいだけなのだ。それならば、マイナポータルの「わたしの情報」にアクセスして、「税・所得」情報を提供すれば良いだけではないか。
このように証明書類等の添付を求められるのは民間事業者の手続きにおいても同様であり、行政機関に限ったことではない。しかも、民間事業者は情報提供ネットワークシステムにアクセスすることはできないため、行政が発行した証明書類等を添付するよう市民に要求する。よくあるケースが、所得証明・課税証明・非課税証明のたぐいだ。
そのような場合、マイナポータルにアクセスして「税・所得」情報を照会すれば、総所得、課税所得、住民税の所得割額・均等割額などの情報を得ることができる。これらの情報を提示すれば、証明書類等を発行してもらう必要はない。市民も証明書を入手するために時間とコストをかける必要もなく、行政としても証明書発行事務が削減できる。民間事業者にこのような使い方を指導すれば、市民や行政にとって大きなメリットになるだろう。
実は、このような考え方はマイナンバー開始当初からあちこちで提案している。しかし、それを実行に移そうとする自治体はいまだに皆無。なぜ実行しようとしないのだろうか。地方分権一括法が施行されて20年以上経ち、自分自身で法解釈をして法律違反でないなら実行ようという気概が失われてしまったのだろうか。民間事業者も同様で、従来の慣習を何ら疑うこともなくそのまま事務処理を続けている。我が国では「DX」という思想はすでに死んでいる・・・?
※追伸(12月2日)
ある健保組合から下記のお知らせが掲示された。マイナポータルにアクセスして資格情報を提示すれば済むのだが、政府はそのような指導もしていないようだ。こうして「紙」はいつまでも残る。
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【 保険証発行廃止に伴う保健事業(保養施設、会館付属施設〈レストラン・会議室〉、イベント等)利用時に呈示する証明書について 】
○2024年12月2日(月)からの保険証発行廃止に伴い、保健事業(保養施設、会館付属施設、イベント等)をご利用いただく際は、当組合が発行する「保険証」、「資格情報のお知らせ」または「資格確認書」のうち、いずれか一つをご呈示いただきますようお願いいたします。
現在お手元にある保険証は、今後も保健事業をご利用される際に証明書としてご利用をいただきます。破棄なさらないようお願いいたします。
[1] それぞれの事務において、手続き上必要な情報の項目のみが入手可能であり、すべての個人情報が入手できるわけではない。