行政システム株式会社

Topics vol.1 今さら聞けないDX

筆者

⾏政システム総研 顧問
榎並 利博(えなみ としひろ)



 今やDXという文字を見て「デラックス?」と怪訝な顔をする人はいないだろう。それほどDX=デジタル・トランスフォーメーションという言葉は世の中に浸透している。しかし、DXとは何かと聞かれて、説明に躊躇してしまう人は多いだろう。デジタル社会では大きな変革が起きるという意味だが、その範囲が広過ぎて捉えづらい。ちょっとしたスマホのアプリを開発することでDXだと宣伝する企業があるかと思えば、企業全体を揺るがす大胆な組織改革の実行をDXと言ったりするからだ。

 そもそもDX(デジタル・トランスフォーメーション)という言葉の定義は何かというと、「ICTの浸透が人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させること」(ウメオ大学ストルターマン教授)だそうだ。しかし、そういった楽園のようなイメージで捉えている人がいるだろうか。むしろ、DXにうまく対応していかないと、「明日、自分の仕事が無くなるかもしれない」、あるいは「この先、会社が無くなるかもしれない」という危機意識をもって人々はDXという言葉を使っている。

 書籍を販売するビジネスを考えてみよう。出版社が書籍を企画し、執筆者に原稿を依頼して版下を作る。それを印刷・製本し、取次会社経由で書店へ配送し、消費者が書籍を購入するという流れだ。しかし、消費者は本当に書籍が欲しいから書籍を購入するのだろうか。消費者は書籍の中身(コンテンツ)を読みたいから、書籍を購入するのではないだろうか。

 このように発想すると書籍という形態にこだわる必要はなく、書籍の中身をデジタル・コンテンツにしてプラットフォーム上にアップロードし、消費者がそこからダウンロード・購入して端末でコンテンツを読むという新しいビジネスが考えられる。そうなるとどうなるか。出版社や執筆者の役割が無くなることはないが、印刷・製本会社、紙やインクの製造・販売会社、配送会社、取次会社や書店などのビジネスは縮小していくだろう。

 それぞれの業界において、どれくらいのスピードでビジネスがデジタル前提の新しい形態に置き換わって(=トランスフォーメーション)いくのか、それを予測するのは難しい。新聞業界は20年以上も前から大きな危機感を持っていたが、新聞の発行部数がかなり減少したとはいえ、まだ紙の新聞が消滅したわけではない。その一方で、レンタルビデオチェーンの米ブロックバスター社は動画配信サービスのNetflixの急激な成長とともにあっという間に経営破綻してしまった。デジタルカメラにビジネスを奪われたイーストマン・コダックもまた然りだ。

 コロナ禍が起きる前の2019年、友人から「韓国の銀行が大変だ」との一報を受けた。ソウル市の繁華街にある銀行に行ったところ、金曜日の昼だというのに窓口にもATMの前にも人がいないというのだ。当時、韓国ではキャッシュレス決済の比率が約95%に達しており、現金からキャッシュレスへという変革が起きていた。こうなると窓口の事務員もATMも不要となる。やがては店舗も閉められてしまうだろう。

 このDXという大きな潮流に飲み込まれて経営破綻してしまうのか、あるいはデジタルの波にうまく乗って新たなビジネスを成長させることができるのか、民間企業はまさにその瀬戸際でデジタルの波に乗り遅れまいと試行錯誤している。これがDXの現状なのだ。

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